平忠盛朝臣集
春部
新院百首歌めしけるにまいらせんとて梅を
しらぬまにまかきの梅は折りてけり袖なつかしき人をとかめん
主しらねかこそたもとにうつりぬれかきねの梅に風や吹らん
はるころはりまよりのほり給けるにあはちのおきのかすみたりけれは
なには江やけさは霞に玉柏かつもれのこるあはち島やま
たいしらす
いつくとも春はすみかそなかりける心をさそふ花にまかせて
山家花を
尋くる花も散なは山里はいとゝ人めやかれむとすらん
はりまのかみに侍ける時三月はかりにふねよりのほり侍けるに津の國にやまちといふところに参議爲通朝臣しほゆあみて侍ときゝてつかはしける
なかゐすな都の花も咲ぬらんわれも何ゆへいそく船出そ
かすみの中の花といふ事を
かすめたゝもろこしまても敷島のやまとのみかは花のおも影
あめの中の花を
はなは世におなしにほひの春としも思ふ人なき山さくらかな
あかつきの花を
あけなはとたれおもふらん花のうへに心をやとす春のよの空
おなしこゝろ
花に色にうつろひきえし明る夜のたかねに霞むかねの聲哉
備前のかみにてくたりける時江暮春といふことを
すみよしの松もや思ふ月もまたほそえにかすむ春のなこりを
夏部
ほとゝきすをよめる
すみよしのまつとしらすや時鳥きしうつ浪のよるもなかなん
題しらす
きくたひに身にそしみける郭公聲はいろなるものならなくに
新院百首歌めしけるに
夏山のならのはそよく夕くれにいくへかさねつせみの羽衣
秋部
草花
武蔵野のしけみにましる女郎花こもりしつまの心ちこそすれ
旅宿草花
草枕たひねのとこのをみなえし一夜はかりの契とやおもふ
はりまのかみにてくたりたまひてあかしの月をみて
思ひきやあかしのうらの月影をわかものにして眺むへしとは
故郷月
いつくとも月はわかしを故郷はもの淋しかるかけそゝひける
丹後守爲忠朝臣ときはにわたりて山家曙月を
ありあけの月をなかめて我ひとりいくよに成ぬみ山への里
社頭紅葉
み笠山いかてこの葉のもみつらん時雨はよそのものとヽヽる
冬部
山家霰
かきくらし霰たはしるみ山へは心くたくるものにそ有ける
新院御會に曉千鳥
ありあけの月のてしほやみちぬらんいそつたひして千鳥鳴なり
同心
よさのうらの松風さむみね覚する有明の月に千鳥鳴なり
戀部
(題闕歟)
つらきにもうきにもおつる涙かはいつれの方かふちせ成らん
新院御會はしめの冬こひ
さも社はあき果られし身にしあらめいかにしくるゝ袂成らん
雑部
備前へ下向してのほりたりけるに白河院御前めして道のあひたいかなる歌かよみたるとたひたひ御たつね侍けれはむろと申とまりにてかせにふかへられて日かすつもりはへりしかはつかまつりたるよしそうしける
花のちる春のみとこそ思ひしにふなちも風のいとはしきかな
をはりへ下向し給けるに爲義かのかみといふところにて馬をひきたりけれは
こゝろさし都のほかにみえぬれはたひたひ人をうれしとそ思
百首別
程もなくたちかへるへき君なれと別れてふなは悲しかりけり
七月七日白河院かくれさせたまひたりけれは
またもこん秋をまつへき七夕のわかるゝたにもいかゝ悲しき
右一冊者爲家卿以自筆之本不違一字書冩了
見勅撰歌
月のあかゝりける比明石にまかりて月をみてのほりたりけるにみやこの人々月はいかにとたつねけれはよめる
有明の月もあかしのうら風になみはかりこそよるとみえしか
殿上申けるにゆるされさりけれはよめる
思ひきや雲井の月をよそに見て心のやみにまとふへしとは
したしき人にわさの事はてゝかへり侍けるによめる
いまそしるおもひのはてに世中のうき雲にのみましる物とは
新院殿上にて海路月といふ事をよめる
ゆく人も天のとわたる心ちして雲の浪ちに月をみるかな
たいしらす
ひとかたになひく藻鹽の煙かなつれなき人のかゝらましかば
遍昭寺にて月を見て
すたきけんむかしの人はかけたへてやともる物は有明の月
たいしらす
あふ坂の關こえてこそ中ゝにゆふつけ鳥のねはなかれけれ
備前守にてくたりける時むしあけといふ所の古き寺のはしらにかき付侍るける
むしあけのせとのあけほのみるおりそ都の事も忘られにける
臨時祭の舞人にて侍けるにははかる事ありて御前へまいらてむまはにたちて侍りけるかたうとけなる僧の侍けるにかたらひつきて殿上のそみ申けるいのり申つけて侍けるか程なくゆるされけれはかの僧のもとへよろこひ申しつかわすとて
うれしともなかなかなれはいはし水神そしるらむおもふ心は
参考文献
塙保己一編『続群書類従 第十六輯上』「平忠盛朝臣集」(続群書類従完成会)