壇ノ浦
その1-壇ノ浦古戦場
寿永4年(1185)2月、義経の奇襲攻撃により屋島を退いた宗盛率いる平家軍は、長門国彦島に陣を構える知盛との合流を余儀なくされます。3月24日、源氏軍が大軍を率いて来襲、平家軍はこれを壇ノ浦で迎え撃ちました。戦いは卯の刻(午前6時頃)に始まり、潮流を利用した平家の善戦の前に、源氏軍は苦戦を強いられます。しかし、潮の流れが変わると形勢は一転、相次ぐ味方の離反、義経のセオリー無視の攻撃により、平家軍は惨敗を喫します。清盛の妻・二位尼は八歳の安徳天皇を抱いて入水、一門も次々と海に飛び込み、ここに平家一門は族滅するのです。
その2-赤間神宮
安徳天皇を祀る赤間神宮は、明治維新までは阿弥陀寺と称していました。有名な「耳なし芳一」の物語の舞台にもなっています。境内には平家一門の墓である七盛塚や、芳一像を安置した芳一堂があります。また、毎年5月の2・3・4日には安徳天皇を弔い平家一門を偲ぶ「先帝祭」が盛大に催されます。宝物館には安徳天皇像や合戦屏風、長門本平家物語などが収蔵されていて、こちらも平家ファンなら大満足の充実ぶりです。
参考文献
竹内理三著『日本の歴史6 武士の登場』(中公文庫)/ 日下力監修『平家物語を歩く』(講談社カルチャーブックス)/ 西田直敏著『平家物語への旅』(人文書院)/ 安西篤子他著『源平ものがたり』(学研)/赤間神宮公式サイト